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オリジナル記事

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 ここは、擬人化した動物たち、獣人が暮らす幻想世界




 ①

 その日の空は厚い雲で隠され、重力が鉛色の雨粒を地上へ幾度となく叩き付けていた。

 街のとある診療所の待合室では、一人のネコ科の女性が、窓際に顔を持たれ掛け、虚ろな目で外を見つめていた。地面に叩き付けられる雨粒一つ一つに、大きな力に抗えない自身を重ねていた。

 彼女は、肩まで下げた髪の毛に、まだあどけなさが残る表情をしていた。無意識に丸くなった瞳孔には、これから自分の身に起こる運命を受け入れることができていない戸惑いが満ちていた。



(カルテ記載情報)
 患者名:チャミー・フェリス
 獣人類哺乳目ネコ科雑種属、女性、16歳
 身長160㎝、体重42㎏、尾長98㎝
 全身均一なキジトラの被毛、耳は一般耳
 鼻梁は薄ピンク色、虹彩はエメラルド色
 一般状態良好、女性的部位に異常所見無し
 先月に初情あり、妊娠の有無は不明
 
 成獣不妊法対象者、本日手術予定




 重い呼吸の最中、チャミーは背中に話しかけてきた低い声に気が付いた。

「おお、モモ、久しぶり」

「え?」彼女は振り返った。
「私、モモじゃありませんけど?」

 話しかけたのは、ニンゲン科の男だった。この世界の少数種族だ。

 被毛も持たない露出した肌、マズルの無い平たい顔面にある、取ってつけたような耳鼻と芋虫のような唇が特徴である。この世界で美の基準となる尻尾も、ほとんど生えて無い。身体機能は他の獣人種より劣る割には、他者を容易に傷つける残虐性がある。近年では繁殖能力にも乏しいことが分かっている。向こう数十年で絶滅が確実視されているが、保護の価値は無い、というのが行政の考えだった。

「ああ、ごめん。猫違いしちゃった」ニンゲンの男は、肉球の無い掌を合わせた。「あんまり似ていたもので」

「誰と間違えたの?」チャミーは聞いてみた。

「昔、一緒に住んでたネコ科の女性とね。その子も君みたいに可愛くって、何でも我が儘聞いてあげてたんだけど、出て行かれちゃってね」


 返答に困ったチャミーは、気持ちを表情で伝えるしかなかった。元気を出して、と言う代わりにマズルは少し笑って見せた。

 男は続けた。
「俺が悪いんだよ。その子に不妊手術をしちゃったから」

「え? 不妊手術って……」
 チャミーの気を許していた表情が、直ぐに頑なになった。
「そのモモって人、手術させられたの?」

「ああ。ほら、無尽蔵の繁殖をしないために、獣人は生殖適齢期を迎えたら、男性は去勢、女性は避妊の手術を受けるよう義務化されたろ? 成獣不妊法だよ。違反すると俺まで罰則だから、仕方なかったんだよ」

「その法律の名前、聞きたくもない!」
 チャミーは会話を打ち切り、男の傍から離れようとした。男は何かに気が付いて、彼女を呼び止めた。

「もしかして、君? 今日の手術の女の子?」

「そうよ! だから何!」

「何だそうか。挨拶おくれてごめんね。俺は今日、君を手術するドクターだ。よろしくね」

 ニンゲン科の男の露出された肌の顔が、何かを楽しみにしているような笑みに変わった。それを見たチャミーの背筋は凍りついた。外の雨雲は、いつの間にか雷鳴を引き起こしていた。





 ➁
 土砂降りの雨。落雷の音が近く響いていた。

 診療所の入り口の前を、一人のネコ科の男性が佇んでいた。頭頂から尾端まで、サバトラの被毛が雨水を吸い込み、全身を重くしていた。恋人が避妊手術を受ける直前、彼女の気持ちを考えたら、中に入る勇気が持てないでいた。

 彼は、昨夜のチャミーとの口論を思い出した。避妊したくない、という彼女の想いを、もっと大事に考えてあげられなかったことを後悔した。彼自身も、成獣不妊法の下、既に去勢手術を受けていた。もう子供は作れない。だから彼女もそうなるべきだという思いが、自分の中にあったのだった。

 何もしてあげられなくても、せめて、愛してる、と伝えたかった。

 彼は時計を見た。もうすぐ、手術時間だった。ようやく重い腕で入り口を開けた。
中には、一人のニンゲン科の男がいた。白衣を着て、カルテらしい紙をじっと見ていた。すぐにドクターだと分かった。

「あの、すみません。今日ここで不妊治療を受けるフェリスさんと面会がしたくて……」

 彼が言い終わるのを待たず、男が言った。
「レオン・シルベストリ。あの子の彼氏?」

「はい、そうです。フェリスと合わせてください。まだ時間はありますよね?」

「確かに、そうだな」男の顔が、楽しそうに笑った。「じゃあ合わせてやる。来な」

 レオンは男に連れられ、奥の部屋へ進んだ。手術室だ。無感情な白い空間に、モニターの電子音と、人工呼吸器のポンプが伸縮を繰り返す音が、規則的に響いていた。

 手術台には、チャミーが仰向けに寝かせられていた。

 口からは直接肺に酸素を送り込むチューブが伸び、人工呼吸器に繋がっていた。定期的な心拍音と胸の膨らみが、彼女を完全な機械へと変えていた。器具台には、これから彼女の体を侵襲する為の、冷たい色をした金属類が並べられている。目を引く心電図のモニターは、まるで彼女の魂がそこに転送されたかのようで、彼女もそこから自分の抜け殻を見つめているようだった。

 レオンは、チャミーの手を取った。「何で、こんなこと……」

「法律で決まってるからだろ」ニンゲンの男の顔は、笑ったままだ。
「お偉いさんが決めたことを、お偉いさんを選んだ皆がやってるんだから、お前らもやるんだよ。幼獣でも解る、簡単な理屈だ」

 全く他人の気持ちを考えるつもりの無い男を、レオンは睨みつけた。

 男は続けた。
「確かに、別の世界から見たらこの法律は異常かもしれないな。でも俺らはこの世界の存在だ。この世界のルールに従うんだよ。てめぇが受け入れられるか、それが強さだ」

「なら俺は弱いよ! 今、目の前で彼女が大切なものを失おうとしてるのに、何もできねぇんだからな!」レオンが叫び、手術室中にこだました。
 
 振動のせいだろうか、これまで一定だった心電図の波形が乱れた。

 暫くの沈黙の後、男は波形が通常に戻っているのを確認してから言った。

「あんた、去勢してるよな?」

「ああ……。14の時に取ったよ」レオンは恥じらいながら答えた。

「へ~、自分はもう男じゃないってのに、この女が女じゃなくなるのは嫌なんだ」

「嫌だよ! 愛してるから!」

 レオンは自分が何を言ったのか解らなかった。何を考えたわけではない。ただ本当に、自分の気持ちが叫んでいた。心電図の波形が、また乱れた。

 男は時計を見て、執刀開始時刻が過ぎてることに気づき、レオンを退出させた。

 手術室の外、点灯した手術中の文字を、レオンは縦長の瞳孔で睨みつけた。怒りと贖罪の入り混じった感情が、全身のサバトラの被毛を逆立てていた。雷鳴は、診療所の真上で響いていた。 




 ③
 手術中。
 ニンゲン科の男が滑らすメス刃が、チャミーの下腹部正中の皮膚を切り開いた。

 彼女の皮下脂肪が露わになり、男の指が皮下織を筋膜から剥離していく。露出した腹筋が中央の白線で釣り上げられ、鋏で切り開かれた。腹腔内部には、全くの病気を呈していない、健康な臓器があった。

 男は指で腸と膀胱を退けて、腹腔の奥にある子宮を掴んだ。

「まさか・・・」男は言った。

「・・・妊娠している」

 男が掴んだ子宮の中。母から栄養を貰う胎児が、誕生を今か今かと待ちわびるように、動いている様子が伝わった。
「彼氏は去勢済みのはずだが?」

 男は疑問を持ちながらも、卵巣を取り出すために子宮を引っ張った。心電図が激しく乱れた。患者の交感神経が刺激された為だと、男は分析した。

 男は、引きずり出した卵巣を掴み上げた。そして、卵巣の間膜と動静脈を切断するため、電気メスを構えた。

 メス刃の先から煙がたつ。母体の異変を察知したのか、子宮内の胎児が激しく動いた。

「心配ない。君は楽に死ねるよ」
 男は呟いた。

 メスの刃先が、卵巣血管に近づいた。

 その時、巨大な落雷音と同時に、手術室が暗闇に包まれた。

 停電だ。

 予備の自家発電に切り替わり、照明はすぐについた。しかし、心電図などのモニター機械と人工呼吸器は停止したままだった。

「くそ、中止だ」男は言った。

 チャミーの肺に送られていた酸素の供給が止まり、すぐに手動による人工呼吸が必要だった。

 男は、手術室の中に飛び込んできたレオンに言った。
「お前、手を貸せ。彼女を死なせたくなかったらな」

「何だよいきなり! 何があったんだよ!」

「彼女が呼吸できていない。このままでは数分で死ぬ。もう手術は勧められないから、俺は開けた腹を縫う。だから、お前は彼女の呼吸になれ」

 狼狽するレオンに、男は手に掴んでいる子宮を見せた。中には、胎児がまだ動いていた。それを見たレオンの様子が、次第に落ち着いてきた。

「この子はお前との子じゃないな。去勢済みのお前に生殖能力は無い」
 ニンゲンの男の顔が、また笑いだした。とても楽しそうに。
「そういうことだ。この女は他の男と寝ていた。よくあることさ」

 レオンの瞳が赤く充血していった。ゆっくりと瞼を閉じ、大粒の涙がマズルに沿って流れた。

 男は続けた。
「俺も経験あるよ。昔、一緒にいたモモってメス猫に、外で子供作られた時があって」男は、語気を徐々に強めた。

「だから、避妊してやったんだ!」

 ニンゲンの男の顔は、快楽に満ちていた。目には悪意の光がこもり、笑った口からは流延が滴った。この世界で、最も悍ましい獣の姿だった。

 一方、レオンは、溢れ出る思いを抑えきれないでいた。勢いよく瞳を開け、チャミーに駆け寄った。彼女に接続されていた気管チューブを抜き、大きく口を開け、彼女のマズルを包み込んだ。彼が送り込んだ空気が、彼女の肺に届く。二人の呼気と吸気が連動し合った。

 レオンの行動は、男にとって、想像していたものとは違かった。その気になれば、旧式の従圧式ポンプで酸素を送りながら、一人でやれたのだ。彼女の裏切りと、逃げ出す彼氏を見て楽しむ男の算段は、完全に壊された。

 嫌悪感しか他人に与えない顔のままで固まるニンゲンの男に、レオンは言った。
「あんたはどうせ誰かを好きになったことなんてないだろうな? いいから早く仕事しろよ!」

 そのまま、男は何も言わず、手を動かした。憮然とした顔だったが、やらねばならない作業だった。腹膜、筋肉、皮下織と順に縫合していった。

 やがて、チャミーの麻酔は解かれ、自発呼吸も戻っていった。





 ④
 入院室。
 まだチャミーに意識は戻らないでいた。心電図の波形が、一定の間隔で彼女の鼓動を刻んでいた。

 寄り添うレオンが、彼女の耳に囁いた。
「子供、ありがとな。欲しいって言ったの、本気に思っててくれたんだね」

 そして、静かに眠るチャミーのマズル」にそっと口づけをした。

 心電図の波形が間隔を狭め始めた。目覚めは近かった。外の雨は、いつの間にか上がっていた。





(了)

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 仮タイトル
『蠍座トレーサビリティ』



 一羽の兎が、荒野にいた。
辺りが青色に染まる夜の砂漠。
凍えるような静けさの中、兎は、地平線から登る巨大な月を見詰めていた。

 兎は何日も何日も、荒野を歩き続けていた。
噂には聞いていたが、その過酷さが今では身に染みていた。
歩けど歩けど地平線は終わらず、月との距離も一向に縮んでいく様子がない。
引き返そうにも、もうどの方角から来たかも分からなくなっていた。
途方に暮れるとは、こういう状態をいうのだろうか。
兎はそう思うと、大きな石の上に腰を下ろした。このままこの荒野で死んでいく。
こうなる可能性は十分覚悟していたが、いざ直面した時の恐ろしさは、兎の想像をはるかに超えていた。

「兎さん。あの月に行きたいのかい?」
 恐怖と寒さに震える兎の足元で声がした。小さな蠍が語り掛けていた。
「俺の名はアセチル。どうなんだい? 月に行きたいの?」

 兎は黙って頷いた。

「じゃあ月ばっかり見詰めてたんじゃ、到底無理だよ」

「あんた、行く道を知ってるのか?」

「俺は知らないけど、知ってる奴を知ってる。そいつに会わせてあげるよ」

「そいつはありがたい。もう終わりだと思ってたところなんだ。是非とも会わせてほしい」

「いいとも。ついてきな」
 アセチルはそう言うと、月とは反対の方向へ進み出した。兎も腰を上げ、蠍の行く方へと歩いて行った。

 兎はようやく見えた希望を見失わないよう、必死に蠍の後を追った。
長い旅路で足の肉球は剥がれ、一歩一歩に痛みが走った。
空腹と渇き、昼夜の寒暖差が奪った体力はもはや限界に達していた。
これが最後の力と信じて、兎は希望に縋った。





 どれくらい歩いただろうか。
月は沈み、夜は明けた。照り付けだした太陽に、兎は考えることを止めていた。
そして、夜通し歩き充血した目に、突然、大きな灰色の建物が飛び込んできた。

「着いたぞ」アセチルが言った。「ここにそいつが居る」

 兎は建物を見た。周囲一面に地平線が広がる荒野にぽつんと置かれた四角い建造物は、まるで蜃気楼のように聳え立っていた。
そして不思議なことに、窓らしき横穴が一つも見当たらない。
中では何が行われているのか、外からでは見当がつかなかった。

「じゃあ俺はここで」

「なんだよ、ここまで連れてきておいて説明も無しかよ」

「俺にも用事があるんだよ。入ればわかるさ」

「入って、一体誰と会えばいいんだよ?」

「スーツを着たハイエナだ」

「え……」

「あばよ」
 アセチルは悠然と去っていく。
「ああ、あと、青い蠍には気をつけろ。毒盛られるからな」

「ちょっと待ってくれ! どういう意味なんだ!」

 アセチルはそのまま行ってしまった。
兎は立ち眩みを覚え、瞬きを何度もした。
満身創痍の体に、他の選択肢を探す余裕はなかった。






 兎は建物の中へと入った。中には、まっすぐに伸びる廊下があった。
無数の扉が両側の壁に列をなして並び、その空間は無限に奥へと続いていた。
兎は蠍に言われた言葉が頭から離れず、不安を募らせた。

「怖がることはない」

 兎は後ろからの声にビクッとし、振り返るとそこにハイエナが立っていた。
蠍が言っていたハイエナだろうか、たしかにネクタイを締めてきちんとした紳士の恰好をしている。
兎は恐怖のあまり全身を硬直させた。

「大丈夫。君を捕食しようなんて思ってない。君には大事な役目があるからね」

「役目? 僕はさっきここに来たばかりだが?」

「蠍に連れられて来たんだろ。赤い方に」

「そうだが……」

「じゃあ役目は与えられた。君の部屋を用意してあるから、そこまで案内するよ」
 ハイエナは廊下を進もうと歩き出したが、兎の不安は増すばかりだった。

「待て。ここに来れば月の行き方を教えてもらえるって聞いたんだ。あんたが知っているのか?」

「教えてもらえる?と、 蠍はそう言ったのか?」
 ハイエナは不思議そうに兎を見た。兎は言葉に語弊があったことに気が付いた。

「そうは言ってなかった。知っている者に会わすと言っていた」

「そうだろうな。赤蠍は理屈やだ。何を言うにしても、可能性の不十分なことは口にしない」

「それなら、スーツを着たハイエナと会え、とも言われた」

「それなら、もう会った。私のことだ。そして私は月の行き方を知っている」

「じゃあ教えてくれ。その為にここまで来たんだ」

 ハイエナは少し軽蔑したような目で兎を見た。
兎はその場にしゃがみ込み、教えて貰うまでは食べられても動かない覚悟を示した。
どのみち、生きようとする為の体力は殆ど残されていなかった。

「見せたいものがある」ハイエナはやれやれといった様子で言った。
「月に行く方法だ」

 ハイエナは廊下を進んでいった。
兎も立ち上がり、後を追った。






 永遠と続く廊下には、どんなに進めど突き当りは見えてこなかった。
左右に並ぶ扉を何枚も通り過ぎていった。
どの扉にもドアノブしか付いていない。
ある所で兎は、扉の一つ一つに番号が書かれていることに気が付いた。

 ……132。……133。……134。…………。

 ハイエナは、140と書かれた扉の前で立ち止まった。

「君の部屋だ。中には君と同じように月に行くことを望む仲間がいるから、彼らに教えてもらえ」

「この番号の意味は?」疑心暗鬼の兎は、すぐに入ろうとしなかった。

 ハイエナは扉を見詰めたままポツリと答えた。
「君の、トレーサビリティ……」

 その直後、ハイエナは兎の首根っこを掴み上げ、勢いよく扉を開け、兎を中へ投げ込んだ。
殆ど抵抗できずに放り込まれた兎の耳に、扉が閉められ音が聞こえた。

 一瞬の出来事の後、兎の視界は完全な暗闇に陥った。
しかし目は開いている。
その部屋が真っ暗だと気付くのに時間は掛からなかった。
自分の手足も見えない完全な闇の中で、兎はしばらく動くことができなかった。

 



 次第に目が慣れ始め、少し離れた位置に、誰かがいる気配を感じた。

「そこに誰かいるのか?」
兎は気配のする方へ向かって声を出した。

 すると、気配とは別の方向から声が返ってきた。
「そっちにいる奴に話しかけても無駄だよ。もう、しゃべれないから」

 兎は部屋の中に、他にも生き物が2~3匹いるのを感じた。
誰でもいいから話したかった。
暗闇の中で全員に聞こえるよう、その場で大声で話した。

「蠍に連れられてここに来た!ハイエナにこの部屋へ放り込まれた!ここで月に行く方法を聞けと言われた!一体、ここは何なんだ!?」

「頼むから大声ださないでくれ。耳が痛いんだ」また別の方向から声が返ってきた。
「もうすぐ君もわかるから、静かにしといてくれ」

 そう言われ、兎は横になり、そのまま眠ることにした。
これまでの旅の疲労は、あっという間に兎を深い眠りへと沈めていった。





 僕は、また荒野を歩いていた。
今夜も地平線から巨大な月が昇る。辺りが青色に染まる、いつもの静かな荒野の夜だった。
 
 途中、妖艶な牛と出会った。牛は豊かな乳房を露呈させていたので、僕は言った。
「きれいなイヤリングだね」

「うれしい。そっちを誉めてくれるなんて」

「おっぱいもステキだよ」

「ありがとう。でももう、乳が枯れちゃったの」

「子供たちに与えすぎたんだね」

「子供はいないの。沢山産んだけど、みんなすぐに行っちゃった」

「どこへ?」

「月へ」

「それはよかったね」

「ええ。自慢の子供たちよ。そして、私もついに行くことになったわ」

「へ~、それは凄い。うらやましいなぁ」

「ふふ、あなたもきっと貰えるわよ」
 妖艶な牛は、色っぽく耳元の髪をかき分け、イヤリングを見せてくれた。
十個の番号の羅列が見えた。

「そろそろアタシも並ばないと。じゃあね」
 そういうと妖艶な牛は走って行った。その先には、大勢の牛たちが長蛇の列を成していた。その向かう先には、見覚えのある四角い建造物が蜃気楼のように聳え立っており、牛たちの列が吸い込まれていった。
 
 荒野を歩き続けた。
オアシスがあった。湖畔の木に、美しいビーグルの犬が麻縄で縛り付けられていたので、僕は訪ねた。

「お困りかい、お嬢さん。望むなら、僕の前歯でその縄を噛み切ることができるよ」

「ご親切にありがとう。でも月行くためだから、このままでいいわ」

「君も月に行けるのか。その恰好じゃ、そうは思えないけどな」

「そうね。わたしはまだ綺麗な方だからね」
 僕は周りを見た。他にも多くの木があった。
それぞれの木に、同じようにビーグルが縛り付けられている。
どれも体の一部が無い。
横半分しか無い者もいた。

 空には巨大な月が出ていた。
その下に、四角い建物が聳え立っているのが見えた。
僕は何だか恐怖を感じ、オアシスから抜け出した。
 
 また、荒野を歩いた。
猫たちの住む集落に辿り着いた。
街中には幾本もの線路が敷かれ、何台もの汽車が煙を上げて発車の準備をしていた。

「おいお前、早く貨物に乗れ。出発するぞ」

 見たことのある蠍が現れ、僕を貨物まで誘導した。
貨物の中は、老若男女問わず大勢の猫たちでぎゅうぎゅうに詰められていた。

 汽車は汽笛をあげ、線路を走った。
僕は身動きが取れない程の猫たちに挟まれながら、周囲の話し声を聞いた。

「行く先が月じゃないって、本当か?」

「何でも、四角い建物に行くらしい。そこに行った仲間たちで戻ってきたやつはいないから、何とも言えない」

「私は信じるわ。もうすぐ生まれる子供たちを、こんな荒野なんかで育てたくないもの」

「お母さん! おしっこ漏れちゃう!」

「くしゅん、くしゅん」

「あー、口内炎が痛い」

「おい、ノミを飛ばしたの誰だ!」

「月にはやっぱり、ペルシャの猫とか、金持ちがいっぱいいるんだろうな」

 汽車は四角い建物の傍に停まり、大勢の猫たちが貨物から降ろされた。
皆、列を成し、狭い入り口に吸い込まれていく。
僕も一緒に並んでいた。

「何だお前、トレーサビリティが分からないじゃないか」
 スーツを着たハイエナが僕を呼び止めた。僕の耳を強引に掴み、裏表を確かめた。

「番号の無いヤツは通せん。出直して来い」
 
 そう言われ、僕は列から外された。
近くに並んでいた猫たちが横眼でこちらを見ながら、入り口へと消えて行った。

 僕は辺りが少し暗くなっていることに気づき、空を見た。
建物から大きな黒い煙が昇っていた。
それが月に向かい、せっかくの綺麗な月が澱んでしまっていた。

 煙の出る煙突から空気が漏れるような音が微かしている。

 まさか・・・・悲鳴?
 
 その後もずっと荒野を歩き続けた。
そして、疲れて座り込んだ僕に、赤い蠍が話しかけたのだった。

「兎さん。あの月に行きたいのかい?」






 兎だった僕は、眼を覚ました。
ぼんやりする意識が正常に戻るにつれ、自分の身体の異変に気付いていった。

 体が動かない。
 
 正確には、動けない、だった。
手足が胴体と一緒に頑丈なベルトでギチギチに拘束されていた。
目の前も暗闇のままだ。
眼圧の上昇により、網膜の視神経が破綻していた。暗闇でなく、眼が見えなくなっていたのだった。

「ピー! ピー!」
 声は出せるが、言葉にできない。
舌が切り取られていた。

 やはりこれは罠だった。
あの蠍とハイエナに騙された。
ここで殺される。僕は死を覚悟した。

 しかし、死は直ぐには訪れなかった。

 頸の静脈には管を刺され、点滴が流し込まれていた。
全身の被毛は刈り取られ、露出した皮膚に、大量の吸血昆虫が寄生していた。
僕はそのまま拘束され、食餌も水も与えられず、激しい痛みを持ち続けながら途方もない時間が永遠と過ぎて行った。

 心しか動かすことのできない状況で、僕はこれまで以上に無いほど冷静になれた。
飢えと渇き、痛みと絶望は、荒野で感じたものの延長にあったのだと理解した。
 
 しかし何故、こんな死に方になったのだろう。
どのみち死ぬ運命だったなら、荒野で野垂れ死んでも、同じだったというのに。

「終わらせたいか?」と、耳の奥で声がした。

「誰?」僕は心の声で答えた。

「蠍だよ。青い蠍。名はコリンだ」

「やあコリン。赤い蠍が言ってたヤツか。毒を盛るんだって?」

「そんな言い方されたのか。あいつにだって毒はあるのによ」

「別にどうでもいいよ。それより、終わらせたいか? って、つまり君の毒で僕を死なしてくれるってことかい?」

「察しがいいな。そういうことだ。もう辛いだろう。俺の毒なら、君の全臓器の機能をストップさせられる」

「それは是非頼みたい。けど、できるなら何でこんな目にあってるのかだけ、知りたいな」

「なんだお前。自分で理解してなかったのか?」
 コリンは呆れた様子で言った。

「荒野で何も見て来なかったのか? 屠殺される牛、解剖用の犬、殺処分される猫とかをさ」

「あ……」

「そしてお前は、実験用の兎になったんだよ。恐ろしいウィルスを媒介する吸血昆虫の発育過程を阻害させる薬の開発研究に、お前の体が使われてるんだよ」

「そうだったのか……。みんな、月に行ったんじゃなかったんだ」

 真実を知らされても、僕の気持ちは落ちついたままだった。
これまであった絶望や死への恐怖が、いつの間にか吹き飛んでしまっていた。
むしろ、自分は幸せ者だとまで思えるほどだった。

「僕が死んだあと、この体はどうなる?」

「解剖される。皮膚、骨、内臓、脳、全てスライスされ、最後はゴミと一緒に焼却される」
 コリンは哀れむような声で言った。
「どの道それは変わらない。だが研究資材としては、これ以上利用されなくて済む」
 
 そう言ってコリンは、尻尾の毒針を突き刺そうと構えた。
 
 僕は静かにそれを制止した。

「このままでいい。このまま、自然に待つよ」

「死を、待つのか」

「みんなそうしてる。あの牛も、ビーグルも、猫たちも、本当は知ってたんだ。自分は何の為に生まれ、消えてゆくのかを」

「しかし、彼らは運命を選べなかったんだぞ」

「誰にだって必ず死は訪れる。もしその死に意味が持てるのならば、それはとても肯定的だと思わないかい」

「ほう」
 コリンが言った。静かに涙を流しているようだった。
「次、生まれてくるときは、ニンゲンって動物がいいぜ」

「ああ、覚えとくよ」と、僕も言った。
                            (了)





解説

ウサギ=実験動物
アセチルコリン=ウサギの自殺ホルモンと呼ばれている物質
ハイエナ=屠畜衛生管理官

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「天井」を知った大人がさらに成長するには? アニメ『シャーマンキング』で幹久が語った思い
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